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工房の町エリーテ 中編

    1986-01-02(Thu)

「…………」

「……死ぬ」

 ヴェイルの工房内に倒れ伏すのが一人。黒髪のソラスだ。そして、もう一人この工房の主は木製の椅子から半ばずり落ちながらも辛うじて腰かけている、という状態を保っている。

 工房の内部は今はだいぶ冷めてきてはいるが、まだまだ暑いと言える温度であり、二人は煤の付いた顔に玉のような汗を浮かべている。

「できた……のか?」

 倒れ伏していたソラスが水差しに必死で手を伸ばしながら問うと、ヴェイルは彼にそれを渡してやりながら、

「なんとか、な……しかし、お前がいてくれて助かった。あのもやしっ子じゃあ、この環境にすぐに根を上げちまって役に立たねぇからな」

「そうか。なら、よかった……」

 水差しに直接口を付け、貪るように水を飲むソラス。人心地付いた彼は、炉の前に置かれた完成品に視線を転ずる。

「美しいな」

 それは赤い炎に照らされながらもなお赤く輝き一振りの剣。ただ、剣と形容するには独特の反りと刃紋は異質だ。

「桜花じゃ、これが普通みたいだけどな。しかし、原料からして違うとは思わなかったし、属性付加に思ったよりも時間を食っちまったな」

「それでも間に合ったんだ。それでよしとするべきだろう」

「だな」

 二人はやや力の抜けた動きで拳をぶつけ合い、達成感からの笑みを浮かべる。

 と、

「もう、探したじゃない!」

 工房の扉が壊れるのではないかという勢いで開かれ、逆光の射すそこに誰かが佇んでいるのが見えた。

 炉の明かりがあるとはいえ、薄暗かった工房の中に急に差し込んできた光にヴェイルは目を細め、扉を開けた人物を確認する。

「誰だ?」

 逆光で顔が見えないのもあるが、それ以上に声に聞き覚えがないし、シルエットからもわからない。

「ダレ、ですって?」

 その女性は足音も高く工房内に踏み入って来て、ヴェイルの顎に指を添える。

「ワタシの顔、忘れたとは言わせないわよ?」

 近づけられた顔を見て、しかしなおも首を傾げる。

「新手の客引きか?」

「…………」

 無言で爪が食い込んできた。ヴェイルは逃れようとするが、空腹と疲労から体に力が入らない。

「いい度胸ね、ヴェイル。婚約者の顔も忘れたのかしら?」

「婚約……って」

 気付くことがあり、改めて女性の顔を見つめる。そして、それが間違いでないことに気が付き、

「ぷっ」

 思わず噴き出した。

「クハハハハッ! まさか、リノンか!?」

「そうよ、アンタの幼馴染兼婚約者のリノンよ! 悪い!?」

 そうだ。彼女の名はリノン。十年ほど前に親に連れられてエリーテを出て行った少女だ。いや、今は立派に成熟して女性というのが相応しい。日に照らされて浮かび上がる容姿は優美かつ妖艶。見るものを虜にするような美しさを備えていた。

 リノンは頬を膨らませて、ヴェイルの手の甲をつねる。

「まったく、本当にわからなかったの?」

「いや……だって。なあ?」

 ヴェイルがソラスに話を振ると、彼は思いっ切りそっぽを向いて、

「知らん」

 と短く切り捨てた。

「そういや、お前らって仲悪かったんだっけ?」

「あら……ワタシは別に嫌ってないわよ。むしろ、結構好いてたと思うけど」

「だからだ。お前に何度いじられたことか……」

 嘆息交じりの声は苦い。そう、ソラスとリノンは決して仲違いしていた訳ではない。むしろ、リノンの愛情表現が過激すぎて、ソラスはしょっちゅう泣かされていたのだ。

「昔のことじゃない。忘れなさいよ」

「嫌だ」

 即答。よほど心に傷が残っているのだろう。

「しかしリノン。どうしてエリーテに?」

 まだ聞いていないことを思い出し、尋ねると彼女はあっけらかんとした態度で、

「祭りがあると聞いたからよ」

「直接的な答えじゃないよな、それ」

「まあ、そうね。アンタたちが実行役員みたいだから言っとくけど」

 そう前置き、告げる。

「ワタシのための祭りにするから、よろしく」


       ◆

「で、実際には何をするつもりなんですか?」

 キリエスが戻ってきて、店舗スペースの思い思いの場所に五人は陣取る。工房の主であるヴェイルはカウンターのところの椅子に。リノンはそんな彼の背後からしなだれかかって、抱きつくような姿勢。ソラスは彼女から一番遠い壁際で、なおかつ視界に入らないようにして立つ。キリエスは引っ張ってきた椅子に腰かけ、足を組んでいる。

「なにって。別に、ワタシの仕事をするだけよ」

「だから、その仕事を聞いているんです」

「……教えてほしいの?」

 リノンの問いにキリエスはすかさず頷く。

「せっかちね。まあいいわ……踊り子よ、踊り子。せっかくこの辛気臭い町で祭りをやるっていうんだから、ワタシみたいな花がないとつまらないでしょ? だから、来てあげたの」

「そういうことか。それなら、正直助かるな」

「だろうな」

 キリエスの安堵の声にヴェイルは合いの手を入れる。ヴェイルたちはこの町で武道大会を開くことまでは決めたが、如何せん花がなかった。武道大会を開くとなれば、集まるのは屈強な男がほとんどだろう。正直、むさい。だから、都会から踊り子を呼ぼうとキリエスは考えていたのだが、肝心の人選がうまくいっていなかったのだ。

 だから、リノンの画策は、むしろ彼らにとっては渡りに船だったのだ。

「ふーん……まあ、アンタの思惑は正直どうでもいいわ。それとね」

 まだなにかあるらしい。

「ワタシも武道大会、出るから」

 その言葉に、男連中は固まった。一番反応したのは意外にもソラスで、

「待て待て待て。お前、何を考えてる?」

 一生懸命逸らしていたはずなのに、リノンを直視して慌てふためいている。

「あら、なにをそんなに慌ててるのかしら? それとも、心配してくれてる?」

「そういう訳では……あるが。相手は屈強な男どもだ。お前が敵う相手じゃない」

「あら、どうしてそう断ずるの? ワタシの戦いを知らないくせに」

「…………」

 ソラスは腰に吊り下げていた長剣を抜き、

「表に出ろ。私を納得させたら好きにすればいい」

 まっすぐに、リノンへと突きつけた。ヴェイルは剣先を指で挟んで除け、

「少し落ち着いたらどうだ? 何も、俺らは死人を出したくて大会を開くわけじゃない。安全管理を徹底したうえでなら、誰が出てもいいようにするのが筋だろ」

「だが……」

「ソラス。君が心配するのももっともだけどね。でも、僕らはこの大会への参加条件を戦う意思がある者、とだけしたんだ。だから、今更知り合いの女の子が出るからと言って、それを君の勝手でやめさせるのは傲慢だと思うよ」

「…………」

 しばしの無言の後、ソラスは顔を逸らして剣を収めた。

「うむ、これで満足かな、姫君?」

 キリエスが揶揄するように問うと、リノンはヴェイルにより一層体重を預けながら、

「ええ、上等よ。でも、ソラスも心配してくれたことには感謝するわ。ありがとう」

 ソラスはかぶりを振り、そして、

「今日は帰る。用があるなら家に来てくれ」

 そう言って、去って行った。

 ヴェイルたちはその背中を見送った後、互いに顔を見合わせ、

「話し合うこともないよな。俺は疲れたからとにかく寝たい。食事はこの際後回しだ」

「そうだね。僕はもう一回現場を見てから、議会に定時連絡をすることにするよ。じゃあ、お休み」

「ああ」

「じゃあね、キリエス」

 ヴェイルたちの見送りに手を振って応えながら、キリエスは大会実施場所の建設状況を確認するために去って行った。

 ヴェイルはここ数日の疲れが一気に押し寄せてきて、睡魔に負けそうになるのを必死にこらえながら、辛うじてベッドに転がり込んだ。
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