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工房の町エリーテ 前編

    1986-01-03(Fri)

 酒場で杯を傾ける若者たちの姿があった。

 茶髪に緑眼の青年の名はヴェイル。身なりがいいとは言えないが、清潔感はある格好だ。職業は工匠。

 その正面に座り、優雅に酒を飲んでいる金髪碧眼の青年はキリエス。町議会議員の息子で、自身も公務についている。

 最後の一人は、二人を外から眺めるような位置に座り、酒を静かに飲んでいる黒髪黒目の青年。名はソラス。職業は傭兵。

 三者三様の姿と職業だが、彼らにはそんなことを気にしないだけの長い交友があった。

「んで、どうなんだよ。最近のこの町の状況はよ?」

 そう切り出したのはヴェイル。干し肉を肴に酒を呷る。

「どうとは、随分と漠然とした聞き方だね、ヴェイル。まあ、君の言わんとしていることはわかる。正直、芳しくないね。なにせ、優秀な工匠はほとんどが高齢で、しかし、技術の継承がほとんどなされていない」

「カッ。廃れてく一方ってか」

「そうなりかけている、というのが正しいよ。で、僕としてはソラスの意見を聞いてみたいと思うんだけど」

 キリエスの視線は黙って干し肉を噛んでいた黒髪の青年に向く。彼は酒で干し肉を流し込むと、

「交渉次第では優位に立てる可能性もあるが――」

「如何せん交渉材料が乏しい、ってか?」

「ああ」

 彼らが言っているのは他国との競争力の話だ。

 現状、彼らが暮らす町、エリーテは人口の高齢化が進み、もともと技術の町として栄えていたのが仇になってきているのだ。というのも、高齢化が進むだけならまだしも、若い人々は名声や栄華を求めて大都市に移住するものが増え、人材が流出してしまっている。

 そんな中で工匠を続け、それなりに腕を認められているヴェイルのような存在は珍しいと言える。

 他方、ソラスは一度町を出た身だ。結局は郷愁の念に駆られたのかどうかは定かではないが、この町でに戻って来て以来、なかば便利屋のようなことをしている。

 キリエスは親について政治を学ぶために町を出ることは頻繁にある。しかし、この町を離れるつもりはさらさらないようだ。

「まあ、同年代以下なんてほんと一握りだからなぁ……おい、キリエス何とかならんもんか?」

「おいおい、僕一人に重責を押し付けるつもり? 君も大三級工匠として知恵を振り絞ったらどうだい?」

「そうは言ってもな……町議会的にはこの事態をどう見てるんだ? 町政に携わる者として一言」

 ヴェイルの言葉にキリエスは深く考え込み、

「重くは見てるよ。でも、その町議会自体がすでに高齢化してるんだよ? 若い体力がないと難しい面も多々あるよ」

「若い力か……私たちのような、だよな」

「そうだよ」

 三者三様にため息をつく。

「そういえば、最近仕事の羽振りはどうだい?」

「おいおい、それ聞いちゃうの?」

 ヴェイルは苦い顔をする。

「旅人がときどき買いものしてくぐらいで、依頼人は現在ゼロ。あー、誰か仕事くれぇ……」

「私の方も似たようなものだな。あっても失せ物探し。簡単な仕事で報酬は期待できない」

「……それでよく昼間から飲んでいられるな」

「だから飲んでるんだよ! 暇で暇で仕方ないんだ」

「同じく」

 キリエスは頭を抱えた。友人たちが暇そうにしているのはよく見かけていたが、それはちょっとした空き時間が出来ているだけだと思っていたのだ。

「ってことで、なんか仕事くれよ、キリエス」

「そうだね……」

 キリエスは空になった杯の底を見つめ、

「どんな仕事でもするかい?」

「この際、暇つぶしになるなら、なんだってやらぁ」

「じゃあ――」


       ◆

 町議会会議室。

 そこでキリエスは弁舌をふるっていた。

 内容は技術衰退への歯止めと、人材確保のための政策立案の必要性だ。

「言いたいことはわかるがのう……一体全体どうするつもりじゃ?」

 一通りの説明を聞き終え、町議会の議員がそう投げかける。

「正直な話、具体的な策を立てる段階には至っていません。が、しかし、この町にいる若い力を使っていく必要があると思い、すでに幾名かに協力を打診しています」

 キリエスはこの際計画の具体案を提示することを諦め、すでにことを動かし始めていることを前に押し出す。そうでなければ、腰の重い町議会を動かすことは難しい。

「なるほどの……そういえば、お前さんには大三級工匠と傭兵の友人がいたな。つまり、彼らの力を借りると?」

「ええ、すでに彼らは協力を確約してくれています」

「しかしのう……」

 議員たちはなおも渋る。互いに顔を見合わせ、そして、一人の議員が考えを代弁する。

「予算はどうなるのかね? すでに動く気でいるようだが、何をするにも先だったものは必要だ。その辺を考えてもらわねば困るよ」

「それは……」

 一瞬、言葉に詰まり、しかし、ヴェイルとソラスの言葉を思い出す。

「現在、有志の援助により、五百万ゲルドの予算を保持しています。今後、この額は増えることと思います」

 会議室がざわついた。それは提示した額面についてなのか、それとも、すでに動き始めようとしているキリエスについてなのか。

「静粛に」

 威厳ある声がざわめきを鎮める。

「キリエス」

「はっ」

 議長の声にキリエスはより背筋を伸ばす。恐らく、続く言葉で今後が決定する。そう、予感したからだ。

 だが、言葉はなかなか続かなかった。静寂が逆に耳に痛い。

 数秒だったか、数分だったか。議長は白髭を撫でながら悩み、そして、口を開いた。

「町議会としても昨今の状況は憂うべき事態だと思っておった。しかし、具体策も出ぬまま闇雲に時を消費してしまったのも事実」

 前口上はいいからキリエスは結論を聞きたかった。

「うむ……キリエス。そなたにこの状況を打開するための政策の立案と実行の全権を任せる。予算については来期のものを前倒して使う。額については今は細かいものを出せないが、必要だと判断したものにはきちんを支払おう」

「議長、ありがとうございます。このキリエス、全身全霊をもって取り組みたいと思います」

「ああ、頼んだぞ。未来を担えるのは若者だ。押し付けているようで申し訳なくも思うが、そなたならやり遂げると信じている」

 その言葉に頭を下げる。これでキリエスのここでの役目も終わった。

 もう一度全体に対して頭を下げ、会議室を後にした。


       ◆

「…………」

「…………」

 工房でヴェイルとソラスが向き合ていた。二人とも眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

「若干、後悔しないか?」

「言うな」

 ヴェイルの呟きをソラスが跳ねのける。

「いや、真面目に考えれば考えるほど、答えが出ない気がする。そもそも、みんなこの町に魅力がないから出て行くんだろ? 都会の方が華やかで、ここよりももっと技術が集まってくるわけだしな」

「まあ、それは否定できんな」

「だとすると、この町の存在意義ってなんだ? 技術は負けてるし、華やかさもない」

 ヴェイルの言葉は悲観的ではあるが、この町の現実でもあった。

「工匠が画期的な発明をして都会に売り込みに行くとか……」

「それは俺も考えた。だけどよ、たとえば俺がそんなものを発明したとして、この町が賑わうか? そりゃ、ちょっとは金を落とすことは出来るかもしんねぇけど、人を呼び戻すのは難しいだろ」

「しかし、ここで学べばそれだけのことが出来るかも知れないと、技術者志望の人間は戻って来るのでは?」

「逆だ逆。その工匠が都会に引き抜かれるのが関の山だろ」

「そうか……都会にいる側からしてみれば、片田舎の技術者は来て当然。行く道理がないのか」

「そゆこと。だから、ソラスの案は残念ながら却下」

 ヴェイルは立ち上がって自身の作である刀剣を手にする。

「大三級と言われても、仕事がないんじゃ腕も鈍っちまう」

 鞘から引き抜き、振る様は並みの剣士に劣らぬもの。

 その様子を横目で見ていたソラスはふと何かを思い付いたように、

「この町で大々的なイベントを開くのはどうだ?」

「イベント? それこそ一過性の影響しかないだろ」

「いや……それを機に都会であぶれている腕のいい人間をここに集めてしまうんだ。技術者に限らず、料理人でも、なんでもだ」

「そうすっと、この町の人の出入りが多くなるわけだな。確かに、都会の有名店にわざわざ並んでまで買いに行く連中がいるのは知ってるが――」

「継続性を狙うには一度目のイベントが重要だと思う」

「だとすると」

 唐突に第三者の声が割り込んでくる。ヴェイルたちにはそれがキリエスのものだとすぐわかた。

「戻ったのか。首尾は?」

「上々。君達から借りたお金が役に立ったよ。予算については必要経費を来期分予算から前倒すらしい」

「そりゃどうも。この町で金の使いどころって言ったら酒ぐらいしかないからな……」

 ヴェイルの言葉にキリエスは苦笑。

「酒以外にも使えるようにするのが僕たちの仕事だろ?」

「そうだったな」

 キリエスは先ほどまでヴェイルが座っていた椅子に腰かけ、

「で、なにか画期的なイベントでも思い付いたかい?」

 そう、ソラスに問う。

「まだ決めかねるが、オークションとか、工匠による技術勝負とか……後は武闘大会とかどうだ? 都会じゃ結構流行ってるらしい」

「都会でやってるのをこっちでも、か……だとすると、目新しさが必要だな」

 ヴェイルは正眼で剣を構え、考え込む。

 参加者はなんだかんだ言って腕自慢のやつらが参加してくれることだろう。その中で工匠が出来ることと言ったら、

「武器を作る、か……しかし、ちょいと時間がかかりすぎるか? いや、でも、一か月あれば――」

「おい、ぶつぶつ言ってないで、こっちにも意見をくれ」

「ん? ああ、すまん。どうせなら工匠も参加したいなと思ってな」

「いや、一瞬で叩き潰されるだろ、どう考えても」

「そうじゃなくてだな。工匠作った一級品の武器を優勝賞品にすれば、技術力のアピールにもなるんじゃないか?」

「……大会にするなら、優勝賞品も欲しいところだしな」

「しかし、難問だな。いまんとこ、特級工匠の座は空きだし、参加してまで欲しいと思う商品を提供できるかどうか……」

 ヴェイルは文献の内容を思い出し、魅力的な武器を考えるが、そう簡単には出てこない。

「商品についてはひとまず保留にしよう。それよりも、開催するイベントが本当に武闘大会でいいのか、ということを話し合おう」

 キリエスの促しに、ヴェイルは剣を置いて椅子を引っ張ってくる。

 三人は向かい合い、イベントの詳細を詰めていった。
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コメント

ペチュニアさんへ[拍手コメへの返信]

こんにちは。

こういう話の方がわかりやすいですか?
ああ、でも最初の方に目的を提示してますしね……その方が読者のためにもいいのかもしれません。

ゆっくりとでいいので、お読みいただければ幸いです。
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趣味で物書きやってる元学生。
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