工房の町エリーテ 後編

    1986-01-01(Wed)

「おはよう、ヴェイル」

 リノンが来て数日経った。しかも、彼女はヴェイルの工房に泊まり込み、その上、ベッドを一緒に使う始末。ヴェイルとて、健全な男なのだから、嬉しくはあるものの、

「服、着てくれよ」

 そう、彼女は一糸まとわぬ姿で同じベッドに潜り込んでくるのだ。当然、朝起きた時にはそんな状態の彼女を目にするものだから、ヴェイルもいつ理性がなくなるかわかったものではなかった。

「そろそろね」

 何が、とは聞かなくてもわかった。武道大会のことだろう。確かに、開催まで残り数日を切っている。

 ここまで開催を急ぐ理由は特になかったのだが、むしろ、大都市から呼んだ人々の都合によりここまで早まることになったのだ。というのも、この少し後になると、都市では首長の多いん場を祝う催しが執り行われるらしい。それまでにこちらのある意味些細な催しを済ませてしまいたい、ということだった。

「しかし、本当に出場するのか?」

 念を押すように問うと、リノンはあっけらかんとした態度で、

「するわよ。それに、アンタが審判を務めるなら、安心じゃない」
「……善処する」

 彼女の言うとおり、大会の審判役としてヴェイルが立つことになった。理由として、キリエスは運営に忙しいのと、ソラスは周辺の警備を任されていて、前日までで仕事のなくなってしまうヴェイルの有効利用策として審判の役が割り振られたのだ。それ以外にも理由はあるが、ここでは割愛する。

「そろそろ行く」
「そ。いってらっしゃい」

 シーツで胸元を隠しながら、ひらひらと手を振る。ヴェイルもそれに手を振り返しながら、部屋を出て行った。

 向かったのは大会出場者が事前登録を済ますための受付だ。そこには屈強な男たちが揃い、むさ苦しいことこの上ない。

「よう」

 受付業務に勤しんでいるキリエスに声かけると、じろりと睨まれた。

「挨拶はいいから、この人たちを整列させてくれ」

 確かに、受付をしに集まった連中は無秩序にたむろし、列もないもあったものではない。当然、どいつもこいつも早く受付を済ませたいわけで、

「おい、テメェ。今横入りしやがっただろ!」
「んだよ? 中途半端な位置にいるのが悪いんだろ!」

 と、あちこちでもめ事が起こり始めていた。頭が痛い。

 ヴェイルはどうしたものかと一度考え込み、そして、

“――炎よ、空に爆ぜよ”
 手のひらを上に、腕に象嵌された石に魔素を通す。魔法陣が展開され、その効果を即座に表わす。すなわち、爆破。

 頭上で突如起こった爆音と焦熱にその場にいた全員が注目し、静寂が訪れる。そんなさなか、ヴェイルは両の手を強くたたき合わせて破裂音にも似た音を発することで、注目を集め、

「諸君! 俺は今回の大会で審判役を務めることになっている。一つ、重要なことをお前らに言っておく」

 見回して反応を確かめる。みな、きちんと言葉を聞いているようだ。

「すでに試合は始まっていると心得よ! もし、この場で俺の言うことを聞かないやつが現れた場合、即刻大会出場停止、なおかつ、大会への妨害行為とみなし、拘束させてもらう! よいか!?」

 言葉を終え、再度見回すと、困惑の声が大きいのがわかる。

「つまり、大人しくしてろって言いてぇわけだな?」

 近くにいた一際図体のでかい男がそう質問を投げかけてきた。

「その通り。そして、皆には円滑な登録を済ませてもらうため、整列をしてもらう。並ぶための線はこれから俺が引くから、それに従ってもらいたい。その際、順序は多少前後するかもしれないが、協力してくれればそう時間はかからないだろう。もし、整列に不満を持つ者がいたら」

 手を前へ差し向け、

「火傷ぐらいは覚悟してもらう」

 脅しだ。しかし、彼らがいかに屈強であっても、望まぬ怪我を負いたいわけでもない。男たちは神妙な顔で頷き、ヴェイルが魔法を使ってわずかに隆起させた地面の線に沿って並び始めた。

 ヴェイルは念のためと、周囲の土を集め、組成を組み替えて金属製の槌を作って肩に担った。それを見て、若干青ざめた人物がいたのは余談だ。

 ヴェイルが睨みを利かせる中、受付は円滑に進み、言葉通りそれほど待たせることもなかった。一通り人が捌けたタイミングを見計らって、キリエスが声をかけてくる。

「感謝はする。が、少しやりすぎでは?」
「そうか? あのくらい力を見せなきゃ、舐められるだけだろ」
「そういうものか? 僕はあまり武の力を過信してないからよくはわからないが……」

 首をかしげながらも、納得はしてくれたらしい。頬杖を突き、遠くを眺める。

「しかし、ことが早くに進みすぎて、少々不安にもなるな……これで本当に町を助けることになるのだろうか?」
「心配しても仕方ねぇだろ。それこそ、いまさらなしになんてできないんだからな」
「そう、だな……まあ、失敗したときのことを考えて、腹をくくっとこう」

 言葉はやや後ろ向きだったが、浮かべた笑みは朗らかだった。

「じゃあ、俺はほかも見てくる。ソラスだけじゃ手が回らないこともあるだろうからな。それと、これは一応置いとくぜ。見た目ごついが、案外軽いから」
「わかった。気を付けてな」

 互いに拳をぶつけ合い、ヴェイルは活気のある町中へと歩を進めた。

 そして、ヴェイルはソラスが困惑した表情で立ち尽くしているのを見つけた。

 ソラスの役目は町の警備。人が多く、なおかつお祭りに浮かれ騒ぐ人がいれば、当然、その中で甘い蜜を吸おうとする人間もいるわけで。ひったくりや詐欺、喧嘩の仲裁など、多岐にわかる仕事だが、

「痴話喧嘩、ね……」

 ソラスから話を聞いたヴェイルは呆れ顔でつぶやく。そればかりは、腕に物を言わせることもできず、ソラスは困り果てていたらしい。

 聞けば、男のほうが昨日女を置いて一人で出かけてしまったのが原因らしい。実に他愛もないものだが、放っておくには彼らの空気は剣呑だ。

「任せておけ」

 ヴェイルはそう請け負い、ソラスをよそに行かせる。適材適所。ソラスを引き留めておくのは人材の無駄遣いだ。

 ヴェイルは一度工房へと戻り、あるものを取ってから現場に急行。そして、さりげない振りで近づき、男の肩を叩く。

「お客様、ここにおいででしたか」
「へ?」

 当然、男は急な出来事に驚き、ヴェイルの顔を凝視した。女は突如現れたヴェイルに不信感丸出しの視線をぶつけてくる。

「注文の品をお届けに参りました。頼まれた物と少々異なるかもしれませんが、お客様の用途でしたら、こちらのほうがよろしいかと思いまして」

 そう言って差し出すのは箱に収まったサイズ違いの腕輪が二つ。男は目を丸くした。

「お代はすでにいただいている分で十分ですので、こちらをお受け取りくだされば、納品も完了となります」
「ちょっと」

 女は堅い声でヴェイルの注意を引く。

「突然出てきてなんなの? あたしはその人と話していたんだけど」
「失礼いたしました、お嬢様」

 ヴェイルは丁重に一礼し、

「私はこのエリーテにて一工房を預かる大三級工匠のヴェイルと申します。昨日、こちらの男性から依頼を頂き、今日は出来上がった品をお届けに参った次第でございます。ですよね?」

 笑みで男に振ると、彼は壊れた人形のようにかくかくした動きで首を縦に振る。どうやら、こちらの意図に気づいてくれたらしい。

「昨日? どこに行ったのか、口を割ってくれなかったけど、工房に行ってたわけ? それなら、どうして言ってくれなかったの?」

 女の問いももっともだ。しかし、ヴェイルはこの当然の質問に淀みなく答える。男に任せるとぼろが出る可能性もあるからだが。

「実は、内密にという依頼でしたのですが……」

 ちらりと男性の顔を見る。

「私が受け取りの日時を聞き忘れてしまいまして。さきほど仕上がったので、早急に渡したほうがいいと思い、町の中を探していたのですよ。そうしましたら、何やら喧嘩なされているご様子。もしかしたら、私への依頼が原因かと愚考いたしまして、その誤解を解こうとした次第でございます」
「そうなんだ。君に秘密のプレゼントを用意しようとしたんだ。僕も慌ててたから、連絡先とか言い忘れていてね。でも、ヴェイルさん、ありがとうございます」

 箱を受け取り、深く頭を下げる。

「当初、お客様はお嬢様の腕輪をご所望でした。ですが、どうせなら、仲のいいお二人がそろって身に付けられたほうがいいと思いまして、揃いの意匠で作らせていただきました」

 男が小さいほうの腕輪を持ち、女に差し出す。女は黙ってそれを受け取り、しげしげと眺めた。

「キレイ……」

 感嘆の溜息。腕輪には花を象った意匠がなされており、

「その花の花言葉は“永続する愛”です」

 笑みとともに告げた言葉に、女は目を見開き、そして相好を崩した。男に向かって優しい微笑みを向け、

「ありがとう」

 そう、心のこもった言葉をつむぐ。男のほうは多少の罪悪感があるのか、ばつの悪い顔をしながらも、こくこくと頷き、

「僕が好きなのは君だけだから」

 と、聞いていて恥ずかしくなるセリフを言う。

「では、私はこれにて」

 タイミングを見計らい、一礼してから離れる。少し離れたところまで行ったところで、男が追いすがってきた。

「本当にありがとう。実は、昨日は本当に贈り物を探していたんだ。でも、彼女がなにを喜んでくれるのか全然わからなくて、時間ばっかりたっちゃって……でも、理由を言っても贈り物がないんじゃ、説得力なかったから」
「理由はともあれ、お役にたててなにより。ぜひ、この町始まって以来のお祭りを楽しんでいってください」
「はいっ! それと、お代ですが……」
「私に要らぬ気づかいをするなら、その分を恋人に注いでください。では」

 なおも引き留めようとする男に取り合わず、ヴェイルはその場を後にした。


       ◆

 なんだかんだで大会が始まった。トーナメント方式で行われる試合は三日ですべて消化される。

 大会の二日目の夜、ヴェイルたちはいつものごとく工房へと集まっていた。本当は飲み屋に集まる予定だったのだが、大会開催の影響で大混雑。とてもではないがのんびり雑談を交わせるような場所ではなくなっていた。

「あと一日、か……」

 キリエスのしみじみとしたつぶやきにヴェイルは、

「まだ一日ある、というべきだな……マジで死ぬ」

 誰の負担が一番大きい、とは言えない。キリエスは本部詰めで苦情や迷子の処理だし、ソラスも方々で起こる諍いの仲裁で忙殺。ヴェイルは審判役としてほぼすべての試合に出ているのだ。

 だが、もっとも命の危険を感じるのはやはりヴェイルの仕事だろう。武道大会といえども、使われるのは武器だけではない。もっとも危険な攻撃はやはり魔法だ。範囲魔法を使われれば、審判であるヴェイルも巻き込まれる可能性が大きいし、なにより、致命傷を与えることを固く禁じる大会の規則のため、決定打を防ぐために戦いに割って入ることもしばしばだ。そのたびに肝を冷やしている。

「しかし、本当に出場して、しかもここまで勝ち残るとは」
「当然よ」

 ソラスの感心はリノンに向けてのもの。そう、彼女は初戦から圧倒的な魔法の力量を見せつけ、怪我を負うこともなくここまで勝ち進んでいるのだ。ヴェイルも素直に感心し、リノンの顔をまじまじと見つめる。彼女は少し顔を赤らめ、しかし、顔を逸らすようなことはしなかった。

 明日の試合に出たものには記念品が贈答される手筈にはなっているが、やはり優勝するのとそうでないのでは大きく違うため、出場者たちの気合の入りようはすごいものだろう。

 リノンを除く三人は明日のための打ち合わせを行い、そして早々に解散した。

「ねえ」

 明日に備えて早めに就寝するための準備を始めようとしたヴェイルへリノンが声をかけた。

「明日、私が優勝したら、一つお願いを聞いてくれる?」
「無茶なお願いじゃなければな」
「ふふ……どうかしらね。でも、その前に優勝しなきゃいけないわ」
「……勝算は?」
「正直、五分五分じゃないかしら。明日の試合は今日まで勝ち残ってきた猛者ばかり。相性の問題はあるけど、それ以上に地力が違うもの。そう簡単に勝てるとは思ってないわ。でも、負けるつもりもない」
「そうか……俺は審判だからなにもできんが。しかし、がんばれよ」

 そっと頭をなで、続く動きで髪を梳く。リノンは目を細め、そして、ヴェイルの胸に顔をうずめた。

「勝つから」
「ああ」

 真剣な言葉に、ヴェイルは頷くことしかできなかった。


       ◆

 大会三日目、決勝戦。驚くべきことに、リノンは勝ち上がってきた。むろん、二日目までのような圧倒的な力量差で圧倒することはかなわなかったが、危うい勝利もなかった。

 だが、この決勝戦ばかりは勝手が違うだろう。そう、ヴェイルは予測した。この決勝戦は二つのトーナメントの頂上同士がぶつかり合うものだ。しかし、それ以上に勝手が違うと半田した理由は、相手の男も魔法を主体とするということ。つまり、戦闘スタイルはリノンと似通っているということだ。

 ヴェイルはこの戦いが生半可なものでは済まないと覚悟を決め、所定の位置に向かう。

「両者、前へ!」

 腹に力を入れて会場全体に聞こえるように発声する。だが、今まで以上の熱気と歓声にヴェイルの声はかき消された。

「礼!」

 向かい合って一礼する選手たち。視線が鋭く交差し、火花を散らす。

「位置に着け!」

 互いに背を向けて距離を取る二人。そして、彼らが決められた位置まで下がったのを確認すると、ヴェイルは腕を上げる。会場が静まった。

 耳に痛いほどの静寂。高まる闘志と観客たちの興奮。それらが最高潮に達した瞬間、ヴェイルは最後の試合を開始するための合図として、鋭く腕を振り下ろす。

「開始ッ!!」

 途端、焦熱と紫電が爆ぜた。リノンの操る炎と相手の男が操る雷撃が衝突したのだ。ヴェイルは衝撃を魔法でいなし、勝負の行方を見守る。

 勝負は一進一退だった。直線的で大破壊力を誇るリノンの火炎魔法と男の絡み付くような変則軌道を持つ電撃魔法。突破力はリノンのほうが断然優れているが、男のトリッキーな戦い方はリノンを苦しめる。そして、互いに技量が拮抗しすぎて、決定打を打ち込めない。となれば、先に隙を見せたほうが負けとなるのは必至。

 彼らは互いに精神をすり減らしながら、必死の攻防を繰り広げる。だが、もっとも精神的に参ってきたのはヴェイルだった。決定打を打ち込むタイミングを見逃せば、大惨事を招くことになりかねない。それがわかってたからひと時として気を抜けなかった。

 方々へ飛び火する魔法の余波を打ち払いつつ、試合を見守る。

 長い時間、互いに魔法を打ち合った。観客の声はもはや怒号にも近い勢い。しかし、起こっているが故のではなく、単純に興奮しすぎて言葉になっていない感情を吐き出したためのものだ。

 そして、耳を聾せんばかりの爆音のさなか、ついに一方が隙を見せた。そして、その一方とはリノン。彼女は死角から襲いかかってきた雷撃を回避するために鋭いステップで後方へと下がったのだが、足場が悪かった。というよりも、運悪く丸い石が踏み込んだそこにあった。

 男はその隙を逃さなかった。決して長くはない詠唱と魔法陣への魔素供給を素早く終え、右手を前へ。生み出されたのは巨大な雷の槍。それはすぐさま男の手を離れ、リノンへと向けて飛ぶ。リノンも体勢を崩しながらも、必死で対抗魔法を用意しようとしているが、焦りが余計な時間を浪費させる。

 ヴェイルは駆けた。地の系統に分類される重力魔法を加速として用い、加速の惰性で飛ぶ最中に防御魔法を全力展開する。

 爆音と閃光が空間を満たした。耳をつんざく轟音と目を焼く白い光。

 防ぎきれなかった魔法の余波に吹き飛ばされ、ヴェイルは数十メートルの距離を滑空するような勢いで跳ね飛ばされた。

 審判員としての意地を見せ、失神するような失態は免れたが、立ち上がるのには苦労を要した。頭がぐらぐらと揺れ、視界も定まらない。観客の歓声はどこか遠くの出来事のように耳に届く。

 しばらくしてようやくまともになった目で競技場を見回せば、そこは惨憺たる状況だった。地面は深く抉れ、観客席と競技場を隔てる柵は歪み、一部は溶解していた。

 だが、それよりも確認する事項がある。リノンはヴェイルと同じ方向へ吹き飛ばされているはず。そう判断し、すばやくあたりを見回すと、すぐに彼女の姿が見つかった。

 抉れ、吹き飛んだ土を被って汚れてはいるが、目立った外傷はない。そのことに安堵し、男の姿を探す。

 しばらく走り回ってようやく見つけた彼は、魔法の反動で足が地面に食い込み、そして、最後の衝撃の影響でか失神し、後ろにのけぞってすさまじい体勢になっていた。

 人を呼んで彼を助け出すと、ヴェイルは再びリノンのもとへと向かった。彼女もすでに助け起こされ、意識も取り戻していた。

「負けた……わね」

 そう彼女はつぶやき、唇をかんだ。ヴェイルは言葉をかけず、一度息を大きく吸ってから、

「勝敗を発表する! 勝者はキール・ウェーバー! 彼に盛大な拍手を! そして、惜しくも優勝を逃したものの、リノン・マクスウェルにはその健闘をたたえて暖かな拍手を!」

 ヴェイルの口上に、万雷のような拍手が会場いっぱいに響いた。リノンの負けではあったが、大会はこれにて閉幕。あとは三日目の出場者に対して贈答品を送る次第だが、

「どうしようかね……」

 壊滅的な状態の競技場を見て、ヴェイルはため息をついた。


       ◆

 結果として、表彰は競技場の前で行うことになった。優勝者には炎を宿した桜花刀、“緋炎”と大会と並行して行われていた賭博による賞金を。その他三日目出場者には賞金のみを渡した。

 興奮も冷めやらぬ優勝者や観客たちを尻目に、ヴェイルたちは言葉を交わす。

「一応、祭りの一大イベントはこれで終わりだな」
「そうだね。でも、僕たちにはこれから片づけという大仕事が待っているんだ」
「頭が痛いな。それに、これが本当に町の発展につながるのだか、いまさらながら疑問だな」

 ソラスの言葉に答えたのは、ヴェイルやキリエスではなく、見知らぬ男だった。

「あんたら、たしかこの大会の主催者だったよな?」
「ええ、そうですが……あなたは?」
「ああ、すまねぇすまねぇ。オレは新聞記者をやっていてな、ずいぶんと興味深いものをみせてもらったよ」
「だが、武道大会ぐらいなら、都市でも開かれてるだろ?」
「それはそうだがね……しかし、オレがもっとも注目したのはそこじゃなくてだな」

 男は優勝賞品を抱きしめながら応援者にもみくちゃにされている優勝者をみやり、

「ああいうものを作れる技術を持つ者がまだまだこの町にいるってことが重要だと思うんだ。よければ、あれの製作者に会いたいんだがね」

 ヴェイルたちは顔を見合わせた。キリエスは一度咳払いをしてから、

「実は、こいつがその製作者です」

 そう、ヴェイルの背中を叩いた。

「ほう? こりゃずいぶんと若い。階級は?」
「……大三級、だ」

 男はしばし無言になった後、盛大に笑い出した。

「そうかそうか! こりゃ、将来が楽しみだな! オレも記者としてできることはやってやるから、お前ももっともっと精進して、都会の連中を見返してやれ。ここにはこんなすごいもんがあるんだ、ってな!」
「そう、だな……」

 ヴェイルは物思いにふけった。大三級工匠までなったはいいが、この町に限界を感じ、それ以上の位を目指さなかったのだが、

「俺が見返す。ああ、そうだな。やってやるよ」
「そうよ。それでこそ、ワタシの婚約者なんだからっ」

 振り向けば、リノンがいて、彼女はヴェイルの腕に抱きつく。

「来年は絶対優勝して、言うこと聞いてもらうから、覚悟してなさい」

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工房の町エリーテ 中編

    1986-01-02(Thu)

「…………」

「……死ぬ」

 ヴェイルの工房内に倒れ伏すのが一人。黒髪のソラスだ。そして、もう一人この工房の主は木製の椅子から半ばずり落ちながらも辛うじて腰かけている、という状態を保っている。

 工房の内部は今はだいぶ冷めてきてはいるが、まだまだ暑いと言える温度であり、二人は煤の付いた顔に玉のような汗を浮かべている。

「できた……のか?」

 倒れ伏していたソラスが水差しに必死で手を伸ばしながら問うと、ヴェイルは彼にそれを渡してやりながら、

「なんとか、な……しかし、お前がいてくれて助かった。あのもやしっ子じゃあ、この環境にすぐに根を上げちまって役に立たねぇからな」

「そうか。なら、よかった……」

 水差しに直接口を付け、貪るように水を飲むソラス。人心地付いた彼は、炉の前に置かれた完成品に視線を転ずる。

「美しいな」

 それは赤い炎に照らされながらもなお赤く輝き一振りの剣。ただ、剣と形容するには独特の反りと刃紋は異質だ。

「桜花じゃ、これが普通みたいだけどな。しかし、原料からして違うとは思わなかったし、属性付加に思ったよりも時間を食っちまったな」

「それでも間に合ったんだ。それでよしとするべきだろう」

「だな」

 二人はやや力の抜けた動きで拳をぶつけ合い、達成感からの笑みを浮かべる。

 と、

「もう、探したじゃない!」

 工房の扉が壊れるのではないかという勢いで開かれ、逆光の射すそこに誰かが佇んでいるのが見えた。

 炉の明かりがあるとはいえ、薄暗かった工房の中に急に差し込んできた光にヴェイルは目を細め、扉を開けた人物を確認する。

「誰だ?」

 逆光で顔が見えないのもあるが、それ以上に声に聞き覚えがないし、シルエットからもわからない。

「ダレ、ですって?」

 その女性は足音も高く工房内に踏み入って来て、ヴェイルの顎に指を添える。

「ワタシの顔、忘れたとは言わせないわよ?」

 近づけられた顔を見て、しかしなおも首を傾げる。

「新手の客引きか?」

「…………」

 無言で爪が食い込んできた。ヴェイルは逃れようとするが、空腹と疲労から体に力が入らない。

「いい度胸ね、ヴェイル。婚約者の顔も忘れたのかしら?」

「婚約……って」

 気付くことがあり、改めて女性の顔を見つめる。そして、それが間違いでないことに気が付き、

「ぷっ」

 思わず噴き出した。

「クハハハハッ! まさか、リノンか!?」

「そうよ、アンタの幼馴染兼婚約者のリノンよ! 悪い!?」

 そうだ。彼女の名はリノン。十年ほど前に親に連れられてエリーテを出て行った少女だ。いや、今は立派に成熟して女性というのが相応しい。日に照らされて浮かび上がる容姿は優美かつ妖艶。見るものを虜にするような美しさを備えていた。

 リノンは頬を膨らませて、ヴェイルの手の甲をつねる。

「まったく、本当にわからなかったの?」

「いや……だって。なあ?」

 ヴェイルがソラスに話を振ると、彼は思いっ切りそっぽを向いて、

「知らん」

 と短く切り捨てた。

「そういや、お前らって仲悪かったんだっけ?」

「あら……ワタシは別に嫌ってないわよ。むしろ、結構好いてたと思うけど」

「だからだ。お前に何度いじられたことか……」

 嘆息交じりの声は苦い。そう、ソラスとリノンは決して仲違いしていた訳ではない。むしろ、リノンの愛情表現が過激すぎて、ソラスはしょっちゅう泣かされていたのだ。

「昔のことじゃない。忘れなさいよ」

「嫌だ」

 即答。よほど心に傷が残っているのだろう。

「しかしリノン。どうしてエリーテに?」

 まだ聞いていないことを思い出し、尋ねると彼女はあっけらかんとした態度で、

「祭りがあると聞いたからよ」

「直接的な答えじゃないよな、それ」

「まあ、そうね。アンタたちが実行役員みたいだから言っとくけど」

 そう前置き、告げる。

「ワタシのための祭りにするから、よろしく」


       ◆

「で、実際には何をするつもりなんですか?」

 キリエスが戻ってきて、店舗スペースの思い思いの場所に五人は陣取る。工房の主であるヴェイルはカウンターのところの椅子に。リノンはそんな彼の背後からしなだれかかって、抱きつくような姿勢。ソラスは彼女から一番遠い壁際で、なおかつ視界に入らないようにして立つ。キリエスは引っ張ってきた椅子に腰かけ、足を組んでいる。

「なにって。別に、ワタシの仕事をするだけよ」

「だから、その仕事を聞いているんです」

「……教えてほしいの?」

 リノンの問いにキリエスはすかさず頷く。

「せっかちね。まあいいわ……踊り子よ、踊り子。せっかくこの辛気臭い町で祭りをやるっていうんだから、ワタシみたいな花がないとつまらないでしょ? だから、来てあげたの」

「そういうことか。それなら、正直助かるな」

「だろうな」

 キリエスの安堵の声にヴェイルは合いの手を入れる。ヴェイルたちはこの町で武道大会を開くことまでは決めたが、如何せん花がなかった。武道大会を開くとなれば、集まるのは屈強な男がほとんどだろう。正直、むさい。だから、都会から踊り子を呼ぼうとキリエスは考えていたのだが、肝心の人選がうまくいっていなかったのだ。

 だから、リノンの画策は、むしろ彼らにとっては渡りに船だったのだ。

「ふーん……まあ、アンタの思惑は正直どうでもいいわ。それとね」

 まだなにかあるらしい。

「ワタシも武道大会、出るから」

 その言葉に、男連中は固まった。一番反応したのは意外にもソラスで、

「待て待て待て。お前、何を考えてる?」

 一生懸命逸らしていたはずなのに、リノンを直視して慌てふためいている。

「あら、なにをそんなに慌ててるのかしら? それとも、心配してくれてる?」

「そういう訳では……あるが。相手は屈強な男どもだ。お前が敵う相手じゃない」

「あら、どうしてそう断ずるの? ワタシの戦いを知らないくせに」

「…………」

 ソラスは腰に吊り下げていた長剣を抜き、

「表に出ろ。私を納得させたら好きにすればいい」

 まっすぐに、リノンへと突きつけた。ヴェイルは剣先を指で挟んで除け、

「少し落ち着いたらどうだ? 何も、俺らは死人を出したくて大会を開くわけじゃない。安全管理を徹底したうえでなら、誰が出てもいいようにするのが筋だろ」

「だが……」

「ソラス。君が心配するのももっともだけどね。でも、僕らはこの大会への参加条件を戦う意思がある者、とだけしたんだ。だから、今更知り合いの女の子が出るからと言って、それを君の勝手でやめさせるのは傲慢だと思うよ」

「…………」

 しばしの無言の後、ソラスは顔を逸らして剣を収めた。

「うむ、これで満足かな、姫君?」

 キリエスが揶揄するように問うと、リノンはヴェイルにより一層体重を預けながら、

「ええ、上等よ。でも、ソラスも心配してくれたことには感謝するわ。ありがとう」

 ソラスはかぶりを振り、そして、

「今日は帰る。用があるなら家に来てくれ」

 そう言って、去って行った。

 ヴェイルたちはその背中を見送った後、互いに顔を見合わせ、

「話し合うこともないよな。俺は疲れたからとにかく寝たい。食事はこの際後回しだ」

「そうだね。僕はもう一回現場を見てから、議会に定時連絡をすることにするよ。じゃあ、お休み」

「ああ」

「じゃあね、キリエス」

 ヴェイルたちの見送りに手を振って応えながら、キリエスは大会実施場所の建設状況を確認するために去って行った。

 ヴェイルはここ数日の疲れが一気に押し寄せてきて、睡魔に負けそうになるのを必死にこらえながら、辛うじてベッドに転がり込んだ。

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工房の町エリーテ 前編

    1986-01-03(Fri)

 酒場で杯を傾ける若者たちの姿があった。

 茶髪に緑眼の青年の名はヴェイル。身なりがいいとは言えないが、清潔感はある格好だ。職業は工匠。

 その正面に座り、優雅に酒を飲んでいる金髪碧眼の青年はキリエス。町議会議員の息子で、自身も公務についている。

 最後の一人は、二人を外から眺めるような位置に座り、酒を静かに飲んでいる黒髪黒目の青年。名はソラス。職業は傭兵。

 三者三様の姿と職業だが、彼らにはそんなことを気にしないだけの長い交友があった。

「んで、どうなんだよ。最近のこの町の状況はよ?」

 そう切り出したのはヴェイル。干し肉を肴に酒を呷る。

「どうとは、随分と漠然とした聞き方だね、ヴェイル。まあ、君の言わんとしていることはわかる。正直、芳しくないね。なにせ、優秀な工匠はほとんどが高齢で、しかし、技術の継承がほとんどなされていない」

「カッ。廃れてく一方ってか」

「そうなりかけている、というのが正しいよ。で、僕としてはソラスの意見を聞いてみたいと思うんだけど」

 キリエスの視線は黙って干し肉を噛んでいた黒髪の青年に向く。彼は酒で干し肉を流し込むと、

「交渉次第では優位に立てる可能性もあるが――」

「如何せん交渉材料が乏しい、ってか?」

「ああ」

 彼らが言っているのは他国との競争力の話だ。

 現状、彼らが暮らす町、エリーテは人口の高齢化が進み、もともと技術の町として栄えていたのが仇になってきているのだ。というのも、高齢化が進むだけならまだしも、若い人々は名声や栄華を求めて大都市に移住するものが増え、人材が流出してしまっている。

 そんな中で工匠を続け、それなりに腕を認められているヴェイルのような存在は珍しいと言える。

 他方、ソラスは一度町を出た身だ。結局は郷愁の念に駆られたのかどうかは定かではないが、この町でに戻って来て以来、なかば便利屋のようなことをしている。

 キリエスは親について政治を学ぶために町を出ることは頻繁にある。しかし、この町を離れるつもりはさらさらないようだ。

「まあ、同年代以下なんてほんと一握りだからなぁ……おい、キリエス何とかならんもんか?」

「おいおい、僕一人に重責を押し付けるつもり? 君も大三級工匠として知恵を振り絞ったらどうだい?」

「そうは言ってもな……町議会的にはこの事態をどう見てるんだ? 町政に携わる者として一言」

 ヴェイルの言葉にキリエスは深く考え込み、

「重くは見てるよ。でも、その町議会自体がすでに高齢化してるんだよ? 若い体力がないと難しい面も多々あるよ」

「若い力か……私たちのような、だよな」

「そうだよ」

 三者三様にため息をつく。

「そういえば、最近仕事の羽振りはどうだい?」

「おいおい、それ聞いちゃうの?」

 ヴェイルは苦い顔をする。

「旅人がときどき買いものしてくぐらいで、依頼人は現在ゼロ。あー、誰か仕事くれぇ……」

「私の方も似たようなものだな。あっても失せ物探し。簡単な仕事で報酬は期待できない」

「……それでよく昼間から飲んでいられるな」

「だから飲んでるんだよ! 暇で暇で仕方ないんだ」

「同じく」

 キリエスは頭を抱えた。友人たちが暇そうにしているのはよく見かけていたが、それはちょっとした空き時間が出来ているだけだと思っていたのだ。

「ってことで、なんか仕事くれよ、キリエス」

「そうだね……」

 キリエスは空になった杯の底を見つめ、

「どんな仕事でもするかい?」

「この際、暇つぶしになるなら、なんだってやらぁ」

「じゃあ――」


       ◆

 町議会会議室。

 そこでキリエスは弁舌をふるっていた。

 内容は技術衰退への歯止めと、人材確保のための政策立案の必要性だ。

「言いたいことはわかるがのう……一体全体どうするつもりじゃ?」

 一通りの説明を聞き終え、町議会の議員がそう投げかける。

「正直な話、具体的な策を立てる段階には至っていません。が、しかし、この町にいる若い力を使っていく必要があると思い、すでに幾名かに協力を打診しています」

 キリエスはこの際計画の具体案を提示することを諦め、すでにことを動かし始めていることを前に押し出す。そうでなければ、腰の重い町議会を動かすことは難しい。

「なるほどの……そういえば、お前さんには大三級工匠と傭兵の友人がいたな。つまり、彼らの力を借りると?」

「ええ、すでに彼らは協力を確約してくれています」

「しかしのう……」

 議員たちはなおも渋る。互いに顔を見合わせ、そして、一人の議員が考えを代弁する。

「予算はどうなるのかね? すでに動く気でいるようだが、何をするにも先だったものは必要だ。その辺を考えてもらわねば困るよ」

「それは……」

 一瞬、言葉に詰まり、しかし、ヴェイルとソラスの言葉を思い出す。

「現在、有志の援助により、五百万ゲルドの予算を保持しています。今後、この額は増えることと思います」

 会議室がざわついた。それは提示した額面についてなのか、それとも、すでに動き始めようとしているキリエスについてなのか。

「静粛に」

 威厳ある声がざわめきを鎮める。

「キリエス」

「はっ」

 議長の声にキリエスはより背筋を伸ばす。恐らく、続く言葉で今後が決定する。そう、予感したからだ。

 だが、言葉はなかなか続かなかった。静寂が逆に耳に痛い。

 数秒だったか、数分だったか。議長は白髭を撫でながら悩み、そして、口を開いた。

「町議会としても昨今の状況は憂うべき事態だと思っておった。しかし、具体策も出ぬまま闇雲に時を消費してしまったのも事実」

 前口上はいいからキリエスは結論を聞きたかった。

「うむ……キリエス。そなたにこの状況を打開するための政策の立案と実行の全権を任せる。予算については来期のものを前倒して使う。額については今は細かいものを出せないが、必要だと判断したものにはきちんを支払おう」

「議長、ありがとうございます。このキリエス、全身全霊をもって取り組みたいと思います」

「ああ、頼んだぞ。未来を担えるのは若者だ。押し付けているようで申し訳なくも思うが、そなたならやり遂げると信じている」

 その言葉に頭を下げる。これでキリエスのここでの役目も終わった。

 もう一度全体に対して頭を下げ、会議室を後にした。


       ◆

「…………」

「…………」

 工房でヴェイルとソラスが向き合ていた。二人とも眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

「若干、後悔しないか?」

「言うな」

 ヴェイルの呟きをソラスが跳ねのける。

「いや、真面目に考えれば考えるほど、答えが出ない気がする。そもそも、みんなこの町に魅力がないから出て行くんだろ? 都会の方が華やかで、ここよりももっと技術が集まってくるわけだしな」

「まあ、それは否定できんな」

「だとすると、この町の存在意義ってなんだ? 技術は負けてるし、華やかさもない」

 ヴェイルの言葉は悲観的ではあるが、この町の現実でもあった。

「工匠が画期的な発明をして都会に売り込みに行くとか……」

「それは俺も考えた。だけどよ、たとえば俺がそんなものを発明したとして、この町が賑わうか? そりゃ、ちょっとは金を落とすことは出来るかもしんねぇけど、人を呼び戻すのは難しいだろ」

「しかし、ここで学べばそれだけのことが出来るかも知れないと、技術者志望の人間は戻って来るのでは?」

「逆だ逆。その工匠が都会に引き抜かれるのが関の山だろ」

「そうか……都会にいる側からしてみれば、片田舎の技術者は来て当然。行く道理がないのか」

「そゆこと。だから、ソラスの案は残念ながら却下」

 ヴェイルは立ち上がって自身の作である刀剣を手にする。

「大三級と言われても、仕事がないんじゃ腕も鈍っちまう」

 鞘から引き抜き、振る様は並みの剣士に劣らぬもの。

 その様子を横目で見ていたソラスはふと何かを思い付いたように、

「この町で大々的なイベントを開くのはどうだ?」

「イベント? それこそ一過性の影響しかないだろ」

「いや……それを機に都会であぶれている腕のいい人間をここに集めてしまうんだ。技術者に限らず、料理人でも、なんでもだ」

「そうすっと、この町の人の出入りが多くなるわけだな。確かに、都会の有名店にわざわざ並んでまで買いに行く連中がいるのは知ってるが――」

「継続性を狙うには一度目のイベントが重要だと思う」

「だとすると」

 唐突に第三者の声が割り込んでくる。ヴェイルたちにはそれがキリエスのものだとすぐわかた。

「戻ったのか。首尾は?」

「上々。君達から借りたお金が役に立ったよ。予算については必要経費を来期分予算から前倒すらしい」

「そりゃどうも。この町で金の使いどころって言ったら酒ぐらいしかないからな……」

 ヴェイルの言葉にキリエスは苦笑。

「酒以外にも使えるようにするのが僕たちの仕事だろ?」

「そうだったな」

 キリエスは先ほどまでヴェイルが座っていた椅子に腰かけ、

「で、なにか画期的なイベントでも思い付いたかい?」

 そう、ソラスに問う。

「まだ決めかねるが、オークションとか、工匠による技術勝負とか……後は武闘大会とかどうだ? 都会じゃ結構流行ってるらしい」

「都会でやってるのをこっちでも、か……だとすると、目新しさが必要だな」

 ヴェイルは正眼で剣を構え、考え込む。

 参加者はなんだかんだ言って腕自慢のやつらが参加してくれることだろう。その中で工匠が出来ることと言ったら、

「武器を作る、か……しかし、ちょいと時間がかかりすぎるか? いや、でも、一か月あれば――」

「おい、ぶつぶつ言ってないで、こっちにも意見をくれ」

「ん? ああ、すまん。どうせなら工匠も参加したいなと思ってな」

「いや、一瞬で叩き潰されるだろ、どう考えても」

「そうじゃなくてだな。工匠作った一級品の武器を優勝賞品にすれば、技術力のアピールにもなるんじゃないか?」

「……大会にするなら、優勝賞品も欲しいところだしな」

「しかし、難問だな。いまんとこ、特級工匠の座は空きだし、参加してまで欲しいと思う商品を提供できるかどうか……」

 ヴェイルは文献の内容を思い出し、魅力的な武器を考えるが、そう簡単には出てこない。

「商品についてはひとまず保留にしよう。それよりも、開催するイベントが本当に武闘大会でいいのか、ということを話し合おう」

 キリエスの促しに、ヴェイルは剣を置いて椅子を引っ張ってくる。

 三人は向かい合い、イベントの詳細を詰めていった。

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ふぁんとむ†わーく(完成稿)

    2012-02-21(Tue)

こんばんは。

『第2回(目に突入した)短編小説書いてみよう会』の原稿が完成しました。

正直、お題である「幽霊」に沿っているかはわかりません。

そして、初の短編です。
お見苦しいかもしれませんが、お付き合いの程よろしくお願いします。
なお、感想は企画参加者以外からも受け付けています。
忌憚ない意見、お願いします。


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ふぁんとむ†わーく(完成稿分割版)その4

    2012-03-01(Thu)

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 翌日、俺はとある場所にいた。目の前にはいつぞやの優男。無論、彼は俺の存在になど気が付いていない。
 ここに来たのには理由があった。あの天使の羽を模った錠剤を手に入れるためだ。彼の死角をついて家探しすると、一つだけ見つけることができた。


 俺は夜になってからレアと合流すると、美羽の病室へと向かった。手筈は伝えてあるが、彼女は不安を隠しきれていない。
 レアは病室に入ると、穏やかに眠る美羽の顔を眺めて頬を緩ませていた。その様子を横目に、俺は水をコップに汲み、錠剤を溶かし込む。多分、効き目はあるはずだ。これがないと、美羽の願いを叶えられない。そして、今度こそちゃんとした形で彼女たちの願いは叶う。


「レア、のど乾いただろ。水飲むか?」
「うん、飲む」
 彼女は疑いもなく水を受け取り、一気に中身を干した。その途端、彼女の体が跳ねる。
「な、にを……」
 その目が焦点を失いかけながらも、俺のことを訝しがる表情を向けていた。俺はなにも答えず、ただ彼女の意識が途絶えるのを見守った。


 しばらくして、俺はレアに触れようとして、しかし、手はなんの抵抗もなくすり抜けた。成功した。
 後は時間通りに結川が来るのを待って、遊園地に行けばいい。足となる電車はまだ動いている。子供二人の世話をさせるのは少々酷かもしれないと思ったが、彼女にはとことん付き合ってもらおう。
 約束の時刻ちょうど。携帯が振動して着信を告げ、俺は電話を受けると同時に行動を開始した。
 障害は俺がすべて排除した。裏口の鍵を開け、警備員の巡回を避ける。そうして誘導した結川はそこに眠る二人を起こす。


 レアは最初なにが起こっているのかわかっていないようだった。だが、理解が広がるにつれ、その顔にも歓喜が広がる。美羽も親友との再会に涙を浮かべて喜んだ。俺はそんな二人の姿をずっと見て居たいと思ったが、もう一つの願いを叶えなければいけない。
 騒ごうとする彼女たちを結川が必死になだめ、行き同様、俺の指示に従って遊園地へと向かった。


 深夜の遊園地。
 無人の遊園地に所在なさげに立つ三人。俺は園内のスピーカーを通して明るく告げる。
「ようこそ、夜中の楽園へ。今宵は、貴方がたのために用意した特別なプレゼントです。どうぞ、心行くまでお楽しみください!」
 照明のスイッチ――入れた。一斉に照らし出される楽園の風景。彼女たちだけのために用意された特別な場所。
 小さな少女二人はもちろん、監督役の結川まで目を輝かせてはしゃいでいた。


「レアちゃん、お姉さん、アレ乗りたい」
 そう言って指差したのは、メリーゴーランド。俺は頬を緩め、しかし、マニュアルの手順にしっかりしたがって、安全第一で稼働させる。
 華やかな音楽ときらめく馬車に乗った三人の眩しい笑顔。


 三人はメリーゴーランドを降りた後も、立て続けにアトラクションを楽しんだ。
 やがて、楽しみ疲れた二人は、ベンチで結川にひざまくらされてすやすやと寝ていた。
「本日の魔法はあと一つ。本日は、夜中の楽園へお越しいただき、誠にありがとうございます。お帰りのさいはこちらにお乗りください」
 全ての照明を落とし、アトラクションも止める。証拠をすべて消し去った後、俺は自転車式のタクシーで彼女たちの前に現れた。


「これが最後の魔法」
 電話越しに結川へ告げる。彼女は二人を起こさないように座席に座らせ、自らも乗り込む。
 俺は三人がちゃんと乗ったのを確認すると、ペダルをこいで発進した。
 俺の姿が見えないせいで、この自転車タクシーは無人で動いているように見えるだろう。結川の視線はサドルに注がれているのがミラー越しにわかった。
 病院に至るまで、互いに無言だった。電話がないと喋れないせいもあっただろうが、それだけではない気がする。


 美羽をもとの病室へと戻し、レアも一緒のベッドへ寝かす。
 これで彼女たちは元通り。
 俺の最後の仕事はすでに終電のなくなった結川を家に送り届けること。電話でそう告げると、彼女は少し遠慮したが、結局大人しく乗った。だが、彼女は電話を切ろうとはせず、他愛もない世間話を家に着くまでの間延々とした。俺は相槌を打ったり、彼女のボケにツッコミをいれたり。


 家についた。それでも電話をなかなか切ろうとしなかった結川は、最後にこんなことを聞いてきた。
「光樹くん、また会えるよね?」
 その言葉に俺は小さな笑みを浮かべて答えた。

「    」

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

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ふぁんとむ†わーく(完成稿分割版)その3

    2012-03-01(Thu)

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 実を言うと、彼女に方法を考えたい、そう言ったのは嘘だった。すでに、あの時点で俺はある判断をしており、今はそれに従って行動をしている。
 人間には姿の見えない俺たちがレアの友人を遊園地に連れて行くことは不可能だった。つまり、俺たちには協力者が不可欠だった。レア曰く、物には干渉できるとのこと。なら、と思って取った手段は手紙だった。シンプルな便箋を、これまたシンプルな封筒に入れて封をする。


 宛て先は……結川まどか。彼女ならせめてお見舞いぐらいは行ってくれるだろう。そう踏んでの人選だった。いや、俺にこんなことを頼める親しい友人がいないことを責めないで欲しい。
 内容としては、いきなり遊園地云々を書くのは避け、その子の友人がしばらくお見舞いに行けないから代わりに相手をしてやってほしい程度のことだ。


 俺はその手紙を結川の下駄箱に入れ、彼女が登校するまで張り込んでいた。登校時間がそう遅くないのが救いだ。
 しばらく待っていると、案の定、昨日とほぼ同じ時間に彼女は現れた。何が待ってるとも知らず、彼女はごく普通に下駄箱の蓋を開き、そして、入っていた物を目に止めたのか、小首を傾げてしばし静止していた。


 危険物ではないと判断したのか、手を伸ばし、ひっくり返して差出人を確かめている。俺も名を隠す必要もなかったし、普通に書いたが。
「涼城くん……昨日来てなかったけど、どうしたのかな……」
 ぽつりと漏らされた言葉に俺は驚いた。いくら同じクラスとは言え、いちいち俺が休んだことを気に留めているとは夢にも思わなかったからだ。


 彼女はその場で手紙を開封するようなことはせず、そそくさと鞄に手紙をしまいこみ、それからきょろきょろと辺りを見回した。もしかしたら、俺を探しているのかも知れない。
 見回していた時間はそう長くなく、すぐに結川は自分の教室に向かった。部活の朝練をしている連中はまだ帰ってくるには早いし、この時間の教室は閑散としている、というより、今は結川と彼女には姿が見えないだろうが俺がいるだけだった。


 結川は誰もいないことをまさしく小動物の如く確認してから、しまった手紙を取り出して丁寧に封を開けた。
 便箋に目を通す表情はいたって真剣だった。読み進めるうちに難しい顔になる。そりゃ、いきなり知らない人間のお見舞いに行ってくれと頼まれても困惑するだけだろう。
 しばらく便箋から目を離さなかった彼女だが、やがて鞄から携帯電話を取り出して、操作をした。何をしているのかと思った途端、俺の携帯が鳴りだした。俺は突然のことに驚いて、慌てて取り出して表示を見る。
 この体の最大の特徴だろうか。とにかく認識されない。それは俺が所持しているものにも適用されているようで、つまり、俺が物を持って暴れまわろうが誰も認識できないわけだ。


 で、こんな時ほど助かったと思うことはなかったが、俺の目はなり続ける携帯の表示に釘付けだった。見知らぬ番号。そして、結川の方を見ると耳に携帯を押し当ててじっとしている。
 勘違いでなければ、この電話は結川からだろう。なんで番号を知ってる。教えたことなんかない。
 俺はしばらく迷ってから、留守着になる寸前で通話に応じた。
「誰?」
 第一声はそれ。そりゃそうだ。『見知らぬ』携帯の番号からかかってきた電話なのだから。すると、電話口の向こうで、少し慌てた声で、
『あ、あの、同じクラスの結川でしゅ――』
 噛んだ。俺は横目で彼女の姿を眺めながら笑い出しそうになるのを堪えた。


「結川? どうして俺の番号を?」
 正直そんな会話はどうでもいいのだが、あっさり本題に入ってしまうのは状況として不自然。彼女は目に見えて狼狽しながら、
『あにょ……』
 また噛んだ。電話慣れてないんじゃなかろうか。そんな心配が頭をよぎったが、気にしても仕方ないことだった。
『クラスのみんなの番号、集めてて』
「あ、そう。で、いきなり電話してきて何の用?」
 理由については軽く流し、惚けたふりして要件を聞く。


『手紙のことだよ。それと、昨日学校を休んだこと。心配してるんだよ。家からも連絡なかったみたいだし……今日は来るんだよね?』
「いや、行かない。用事があるからな」
『そう……うん。あたしがとやかく言えることじゃないけど、ちゃんと学校には来てほしいな。クラスメイトなんだから、心配するよ……で、用事って手紙に関係したこと?』
「とにかく行かないったら行かないからな。お前が何言おうとも、だ。ああ、手紙と関係あるよ。内容は全部読んだってことでOK?」
『うん、読んだよ。涼宮くんの友達のそのまた友達の美羽ちゃんが入院してるけど、お見舞いに行けないから、代わりに行って欲しいって。そういうことだよね?』
「ああ、あってる」


『でも、なんであたしなのかな。その……友達とかじゃなくて』
 その言葉への回答に逡巡したが、
「適任だと思ったから。それじゃダメか?」
『ううん、ダメとかそんなのじゃなくて。ただ、なんでだろう、って思ったから。そっか。あたし、涼宮くんに信頼されてるんだよね。そういうことでいいんだよね?』
 電話口の声はなぜだか弾んでいて、横目で見る彼女の表情も心なしかうきうきしているように見える。そんなに人に頼られたいのか、この小動物系は。


「ああ、多分、そうなんだと思う。お前以外考えられないから」
 それは俺の選択肢があまりに少ないから。だが、先方はそう取らなかったようで、明るい声で、
『うん、じゃあ、頼まれちゃう。さっそく、今日の放課後行ってみるよ』
「ありがとう。面倒かける」
『ううん、こちらこそありがとう。じゃあね。あ、でも、ちゃんと学校には来るんだよ。少しは大目に見るけどっ』
「わかったよ。近いうちにな」
 なんで結川がお礼? なんて思いながら通話を終え、俺は一度結川の正面に立って一度頭を下げる。見えないだろうが、一応の礼儀だ。結川の顔が緩んで見えたのは、頼られたことへのうれしさだろう。
 俺はこれ以上ここで油を売っているのも時間の無駄なので、早速次の作業に取り掛かった。

       ●

 向かった先は遊園地。市内に位置する小さなものだが、一通りのアトラクションが揃っている
 何で来たか。理由は簡単だ。下見。だが、ただの下見じゃない。子供の頃から体が弱く、手術を控えている美羽を連れ出すのは夜しかできないのだ。昼間だと、定期的に看護師が訪れるからすぐにばれる。だから、夜に遊園地を動かすための方法を調べる。それが俺の仕事だ。
 マニュアルを読むだけでは十分でないので、実際に稼働させている現場を見たりして、全てを覚えていく。
 いつの間にか時間は過ぎ、学校が終わる時間になっていた。


 結川は放課後に訪ねる予定だと言っていたから、今から行けばその様子を確認できる。
 病院のある駅へとたどり着くと、そこには地図を見て場所を確かめている結川の姿があった。どうやら、彼女もたった今辿り着いたらしい。
 歩き出した結川の隣に立って歩くが気付く気配はまったくなし。電話をかけてやろうかという悪戯心が芽生えかけたが、すぐにやめようと思い直す。


 病院へ辿り着いた彼女は、受付で部屋を確認することもなく、手紙に書いた部屋へとまっすぐに向かった。
 控えめにノック。中から、少女の声が答えた。
「はい、どなたですか?」
 いささか大人びた物言い。
「あの、お見舞いにきたんだけど。入ってもいい?」
 結川はてらうことなくそう尋ね、了承の返事を得ると扉を開けて中に入っていった。
「こんにちは。美羽ちゃん、だよね?」
「お姉さんは?」
「あ、うん。あたしはレアちゃんのお友達で、代わりにお見舞いに来たの」
 レアの名前を出した途端、美羽の顔が曇る。
「レアちゃんの……そう、ですか」


「結川まどかっていうの。レアちゃん、しばらく来れないみたいだから、あたしでなにかできないかな、と思って。話し相手くらいにはなれるよ」
「わたしがあんなこと言ったから、だからレアちゃん来てくれないの?」
 唐突に顔を歪め、涙をこぼし始めた美羽に最初こそ戸惑っていた結川だったが、やがて美羽の華奢な体を抱き締めて、
「ううん、そんなんじゃない。ちょっとね、今は遠くにいるだけ。すぐに会えるよ」
「ほん、と?」
「うん、ほんと」


 しばらくあやしていると、美羽の涙は収まり、少しだけ笑顔を見せた。そして、目は俺の方を見た。
「お兄さん、ずっと立ってるけど、お姉さんの友達?」
「!?」
 愕然とした。見えてる。
 結川も美羽の言葉に驚き、そして、視線の先を追うが、焦点が合ってない。彼女には見えていない。
「…………」
 どう切り抜けるか、一瞬だけ迷い、そして、
「お兄さんはね、魔法使いなんだ。君の願いを叶えに来た」
「まほう……つかい」
 茫然と、だが、どこか陶然と呟き、そして、笑顔をはじけさせた。
「レアちゃんと会いたい!」
 純粋無垢な彼女はそう声をあげた。俺はその言葉に応えて頷き、
「うん、その願いかなえてあげる。もう一つの願いと一緒にね」
 俺は笑いかけ、そして、壁をすり抜けてその場を去る。部屋の中からは「ほんとに魔法使いだ」、とはしゃぐ声と結川の戸惑う声が聞こえたが、俺は笑いながら病院を出た。

       ●

 決行の日取りは決めた。遊園地の設備は大概把握し終え、そのための準備も入念に行った。
 そして、結構の前日、俺は自ら結川に電話をした。電話口に出た彼女は最初こそ慌てていたが、俺が明日の詳細を語り始めると口数が減っていった。
 最後に彼女は、
「わかった。信用してるからね」
 そう言った。不安は口に出していたが、結局彼女は俺の計画に従ってくれた。信用を裏切るわけにはいかない。

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

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ふぁんとむ†わーく(完成稿分割版)その2

    2012-03-01(Thu)

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 痛い。
 眠りから覚めてまず思ったのはそのことだった。頭の裏に当たる感触は固いし、背中の裏にも半ばせんべいのようになってるとは言え、十分に柔らかい布団の感触はない。
 寝ぼけ眼で起き上がり、体の節々が痛んでるのを感じる。
 だが、何時までも眠り続けていれば、学校に遅刻してしまう。
 眠い目を擦りながら、扉を開けて廊下に出、そして、洗面所へと向かう。頭がすっきりしない時は顔を洗うに限る。


 あくびを連発しながら洗面所に辿り着き、そして、目を閉じてても使えるそこで顔を洗う。次いで、寝起きの口中は不衛生だということで、コップを手に取り、うがいをしようとすると、人の気配がした。振り向くと、母がいて、一抹の気まずさを感じ、さっさとうがいを済ませてしまおうと考えたが、何やら母の様子がおかしい。
「?」
 視線は俺の顔を見ておらず、コップに注がれている。別にコップにおかしな点などない。いつも通りの、俺が使ううがい用のコップである。その後ろに何かあるのかも、と思って、後ろを向いた俺は、その景色を疑った。

 コップが宙に浮いていた。

「へ?」
 間の抜けた声が漏れ、よく見直すが、鏡にはコップだけが映り、俺の手が見えない。そのことを認識した途端、コップが手をすり抜けた。
 コップから手が滑った訳じゃない。指があるはずのそこを、コップがなにもないかのように落ちて行ったのだ。
 コップが落ちる様子がひどくゆっくり見えた。コップが床に叩きつけられ、破片を散らしながら、甲高い音を立てるのを聞いて我に返ったのか、母は、
「きゃあぁぁあぁぁぁっ!」
 悲鳴を上げて頭を抱え込んだ。


 俺は訳がわからなくなって、母を押しのけて出てこうとして、その手は母の体を突き抜けた。
 母の声を聞きつけてやって来た父に廊下でぶつかりそうになったが、それすらも何の抵抗もなくすり抜けてしまう。
 何がどうなっているのか、全く分からなくなって、俺は焦りに支配されるままに靴も履かぬまま外へと飛び出して行った。
 しばらく何も考えずに走り、ようやく我に返ったのは学校の前。朝食を食べず、また、がむしゃらに走ったせいか、いつもよりはるかに早い時間だ。見回てもほとんど生徒はいない。


 幸いというべきか、昨夜は制服のまま眠り込んでしまったため、かろうじて制服は着ているが、荷物は全て置いて来てしまった。が、来てしまったものは仕方がないし、なにも履いていないのは流石に心細いので、とりあえず昇降口に行って上履きを履いた。
 どうしたものか。自分の教室へと歩きながら思案する。冷静になって考えてみれば、人の体を突き抜けるなんておかしい。今だって、普通に廊下を歩いているということは、足の裏に確かにその感触を得ているということだ。だというのに、先ほどはコップが手をすり抜け、さらに、家族には体がかすりもしなかった。


 試してみよう。そう決断するのに時間は要らなかった。歩いている人物に後ろから手で触れる。ぶつかってしまったと、謝ればいいし、前からぶつかられるよりはまだまし。最悪、逃げれば顔はわからない。
 決断した後は実行に移すだけ。万が一を考えて、強面の男子だったら嫌なので、謝れば許してくれそうな大人しそうな人を探した。
 すると、格好の標的が現れた。我がクラスの小動物系女子、結川まどか。いつもほわわんとしていて、怒ったところなど、見たこともない。話したことはないが、一応クラスメイトだし、顔ぐらいは知っているだろう。多分。俺の名前は絶対に覚えてないと言い切れるが。


 俺は出来るだけさりげなく、そして、他の人への事故アピールのため、よそ見をしながらやや早足で歩く。距離一メートルを切り、若干緊張してきたが、ことの真相を確かめるためにやらない訳にはいかない。
 五十センチ、三十センチとあっという間に距離が縮まってきて、そして――ゼロ。そのまま距離はマイナスへと。つまり、俺の体は彼女の体を何事もなくすり抜けた。いや、何事もなくというのはおかしな表現だ。何事もないなら、本当はぶつかっている筈なのだから。


 俺は脱兎のごとく駆け出し、トイレへと駆け込んだ。
「…………」
 どうやら、俺は透明になってしまったらしい。確認のために鏡を覗いてみたが、俺の平凡そのものの顔は影も形も見えず、俺の背後の景色を映しているだけ。色んな角度から見てみても、それは変わらなかった。しかし、俺の手は確かに目に見えている。ただ、鏡に映らない。
「……ゆう、れい?」
 そういう存在に心当たりがあるとすれば、そういう類のものだ。今の状況をまとめると、物に触れられず、鏡にも映らない。うん、まるっきり幽霊だ。足はあるが、幽霊に足があるかどうかなんて、本当のところは知らないので、どうしようもない。
 俺はトイレを出て、なんとなく教室へと向かった。階段を上り、二階の一番手前が自分の教室。


 そこへ入ろうとして、入口に立つと、突然人が飛び出してきて、俺は驚いて転んだ。と思った途端、俺の体は床をすり抜けて、一階へと落ちた。床に激突する痛さを想像し、体が硬くなるが、どうすることも出来ず、俺は二メートル以上の距離から床に落下する羽目になった。
 背中からもろに落ち、まともに受け身も取れなかったため、全身が砕けるかというような衝撃に転げまわる余裕もなかった。息がつまり、しばらく動けなかったが、視線だけで見回すと、すでそれなりの人が登校してきているにも関わらず、俺には目もくれない。


 本当に見えないし、俺の立てた音も何もかもが届いていないようだ。
 本当の意味で状況を理解し、何故二階から落下したか推測したがわからない。正直ちんぷんかんぷんだ。そして、わからないことに何時までも時間を費やして考え続けるのは不毛以外のなにものでもない。
 そして、それは一つの確認のためにいったん家へと帰ることにした。
 打ち付けた痛みで、未だに体は強張っていたが、動けない程じゃない。のろのろと立ち合がり、俺は上履きのまま学校の外へと出た。

       ●

 家に帰りついた俺は、ドアノブを掴もうとした手が見事すり抜けて、思わず転びそうになった。今朝は触れられたというのに、訳がわからない。だが、ノブを回さずとも、体ごと扉をすり抜けられた俺は二階へと向かった。階段はすり抜けることなく、確かな感触を足裏に返す。
 自室の前に立ち、一つ深呼吸をした。自分の死体と対面するかもしれないことへの準備だ。
 決心がつき、扉をすり抜けて中に入ると、そこには意に反してなにもなかった。その言い方は正しくない。そこには死体などなかった。いつも通り、整理もあまりしないせいで本やCDが散らかった部屋。


 とりあえず。俺の死体はなかった。だとしたら、この状態は一体なんなのか。
 心当たりを探るとしたら、数日前のあの優男。見つかるかどうかはわからないが、これ以上の手掛かりがない以上、探すしかないのだろう。幸い、学校をさぼったから時間はたっぷりある。
 俺は繁華街へと向かった。無論、というべきか、電車は無賃乗車。いや、手がすり抜けるせいで切符が買えないのだ。どうしようもない。どうやら、乗り物には乗れるらしい。それを考えると、足裏はきちんと触れられるのかもしれない。そんな感じもする。


 自宅の最寄り駅から二駅。
 平日の朝だというのに、それなりの人数がこの駅で降り、メインストリートへと向かった。まあ、大学生にもなれば、授業の関係上平日でも休みなことは十分にありえるだろう。
「さて……」
 聞かれる心配がない俺は、一人呟き、ざっと辺りを見回した。そして、ここに来たことを早くも後悔した。まだ混雑というには程遠いが、それなりの人数がここにいる。その中から一度見ただけの男を探すなんて至難の業だ。
 俺は馬鹿馬鹿しくなって、道路と歩道を隔てる背の低い柵に腰掛けた。無暗に歩き回って体力を消耗するぐらいなら、一か所にとどまっていた方がまだましだ。


「…………」
 一時間が経った。通る人はそれなりにいるが、その中にあの優男はいない。前回見かけたのが夕方だったから、今回現れるとしても、その時間までは来ない可能性もある。
 なにもしない時間がここまで退屈だとは思わなかった。誰も俺を気にしない。歩いていても避けられさえしない。どうせ触れられないのだから、どっちでもいいのだが。
「ねぇ」
 いっそ、このまま車の前に飛び出したらどうなるだろうか。その時だけ、今朝コップを持てたみたいになって、車と衝突するかもしれない。
 どうせ、だれも俺のことなんか気にしてない。学校ではいてもいなくても同じ。
 ああ、だからかもしれない。俺が透明になったのは。


「……ねえってば」
 先程から顔の横でだれかが喋ってる。一人のところを見ると、どうやら電話のようだが……
「怒るよ?」
 ふっと、腕が伸びて来て、俺の頭を握った。指先ががっちり食い込み、
「イテテテテテ――」
 アイアンクローが決まった。
「ちょ、いきなりナニ? 誰だか知らないけど離せ」
 腕をタップすると、拘束が解け、地面に放り出された。
「キミが無視するから」
 痛みにしばらくもがいてから顔をあげてその人物を見上げる。
「誰?」
 見知らぬ顔だ。先日の優男でもなければ、クラスメイトでもない。第一、いきなりアイアンクローされるいわれなどない。


「ダレとは失敬ね。キミの同類だよ?」
 大仰な動作でそうのたまう。だが、俺は気が付いた。大仰な動作で振り回された手が、通行人の頭をすり抜けたことに。
「同類って……この透明人間的な状況の?」
 恐る恐る問うと、その人物は実に愉快そうに頷いてくれた。その際、プラチナブロンドの長髪が揺れる。
 俺は何時までも地面に座り込んでいるのが恥ずかしくなって、立ち上がる。改めていきなりアイアンクローをかましてくれた人物の容姿を見る。
 腰まで届く金糸のような髪に、妖しさを感じる濃い紫色の瞳。胸は絶壁だった。うん、絶壁だった。大事なことなので二度言いました。自分より年下の、
「女、だよな?」
 重ねて問うと、笑顔なのになんだか威圧感が増した。
「それはどういう――?」
 ゆらりと手が動き、顔を掴もうとする。
「いや、なんというか……そう、非現実的な可愛さというか。ね?」
 恐怖に顔が引きつるながらも必死に弁解すると、彼女は手をおろし、華やぐような笑顔を浮かべ、
「そう、そういうことなら仕方ないね。だってボクはこれ以上ないくらい可愛いものねっ」
 なんてことを臆面もなく言い放った。


 なんだか、変なのに絡まれた。もしかしたら、俺にとって繁華街は鬼門だったのかもしれない。
「そうそう、自己紹介ね。ボクはレア。苗字は……まあいいよね。キミは?」
「ああ、俺は光樹。苗字はいいよな」
「ミツキ、ミツキ……うん、覚えた」
 すっと自然に手を差し伸べられた。そういえば、あきらかに外人なのに、最初に聞いたのが普通に日本語だったためか、あまり違和感を感じない。
 俺は握手に応じ、それから彼女に促がされるままに繁華街の外れにある公園へと連れてこられた。
「座りなよ、ミツキ」
 促がされ、彼女の隣に少し距離を開けて座る。すると、彼女はお尻の位置をずらして距離を詰めてくる。だが、明らかに詰め過ぎで、体が密着している。


「…………」
 無言で離れると、再び近寄ってきて、それを数度繰り返すと、ついにベンチの端まで来て逃げ場がなくなった。
 しょうがない。ここは彼女のするがままにしておくしかないようだ。
「で、えーと……結局、俺らってなんなわけ?」
 単刀直入に切り出すと、レアは少し首を傾げ、
「世界に捨てられた存在、かな……? あ、でもどちらかというと捨てたのはニンゲンか」
「は?」
 人間が俺を、俺たちを捨てた? なんだそれは。まるで、俺の存在がまるで必要ないかのような――いや、そうだった。俺は必要のない人間だ。その諦観はすとんと腹の底に落ちてきて、納得してしまった。
「納得、しちゃえるんだ?」
 そう呟く彼女を見ると、さびしそうな顔をしていて、俺は少しどきりとしてしまった。


「だって、ほんとに必要ないからな。居ても居なくても同じってのはそういうことだろ?」
「……そう、だね。キミがそうなる原因は確かにあったわけだから」
 彼女はそこで言葉を切り、深く俯く。
「キミにいなくなってほしいと願ったヒトがいるってことだよね。ボクのときもそうだった。あの薬は服用者の願いを叶えるんじゃない」
「それはどういう――」
 しかし、問う途中で半ば気付いた。『願いを叶える薬』の正体に。こんな時ばかり冴えるこの頭が恨めしかったが、今さらどうしようもない。つまり、あの薬は、

――それを飲んだ時に、その服用者に向けられた一番強い願いを叶える

という、馬鹿げた効能があったということだ。
「でも、あの優男は――」
「そのヒトがダレだかはしらないけど、それは彼にそうあってほしいと願うダレかがいて、願いが一致したからだと思う」
「……要らない子、か。まあいいさ。あんな親うんざり。こっちから願い下げだ」
「まあ、今さらどうしようもないからね。もう一度あの薬を飲んだことがあったけど、なにも起こらなかったから」
 そいつは救いがない。だが、俺はもうどうでもいいと思っていた。ついでに言うと、情報が得られた以上、この少女のこともどうでもいいと思い始めていた。多分、こいつがこんなにも引っ付いてこようとするのは寂しさの現れなのだろうが、そんなもの俺にはなんのかかわりもない。たまたま同類で、たまたま出会っただけの少女。


 俺は立ち上がり、その場を去ろうと足を踏み出そうとすると、か細い声で、
「たすけて」
 そう言った。だが、俺は聞こえなかったふりをしてそのまま帰ろうとすると、背後から軽い足音がして背後から衝撃を受けた。その反動で前のめりに倒れそうになったが、少女の細い腕が腰に抱きつき、それを止める。
「なにすん――」
 だ、という声は口を出なかった。少女の嗚咽がそれを言わせなかった。
「たす、けて……ん、えく……ほし、ひとが……う……い、いるの」
 涙に咽びながら、必死に言葉を作るレア。俺は地面を見つめ、彼女の言葉を反芻する。

 『助けてほしい人がいる』

 多分、彼女自身じゃない、誰かのことを助けたいと言っている。なんなんだ、この女。正気じゃない。
「離れろ」
 付き合いきれない。まずは言葉で。しかし、腕を離そうとしない彼女に苛立ち、俺はその腕を力で振りほどこうとして、
「い――」
 腰が、
「いてえぇぇぇえぇぇぇっ!」
 少女の細腕だと思っていたら、恐ろしい力で締め上げられて腰が砕けそうだった。そう言えば、この女、出会いがしらにとんでもないアイアンクローをかまして来たんだった。みくびってた。
「た、タップタップ――マジでいたい。ぐお――」
 腕を再びタップする羽目になって、ようやく解放された。
「たずけで」
 まだ涙の残る声でレアがなおも言う。俺は彼女の顔を見ないまま、
「こんなになってまで、助けたいなんて正気じゃねえよ!」
 怒鳴る。訳がわからない。これ以上付き合いたくない。そんな感情からの行動だったのだが、
「死んじゃうかもしれないの!」
 それを上回る声で告げられた内容に思考が飛ぶ。


「もうすぐ手術なの! でも、ボクがこうなっちゃったからお見舞いにもいけなくて――」
 だから、せめてなにかしたい。彼女はそう言った。泣きながら、でも、大切な誰かを確かに想いながら。
「どうして俺なんか」
「キミ、だからだよ?」
「へ?」
 レアの思いもよらない言葉に間の抜けた声をもらしてしまう。
「優しいキミだから」
「わけ……わかんねぇ……」
「いいよ。わかんなくて」
 でも助けてほしいと、レアは言い募る。必死に、何度も、頭も下げて、最後には土下座までしそうな勢いで。


 俺は自分に言い訳した。これはこいつがあんまりにもしつこいから、根負けしたんだと。決して、必死な姿に共感したからじゃないと。
「……わかった。協力する。すればいいんだろ」
 渋々、その言葉を口にする。だというのに、レアときたら、信じられないものを見るかのようにあんぐり口をあける始末。お前が言い出したんだろうに、なにそんな顔してんだか。
「ホントに? ねえ、絶対? 嘘つかない?」
「ホントだよ。その代わり、これが終わったら付きまとうなよ?」
「あっ――うん、わかった。キミがそういうなら」
 少しの逡巡の後、レアはそう言って条件を飲んだ。


「で、具体的にはどうするんだ?」
 ベンチに座り直し、助けるための作戦を聞く。
「正直、死ぬかもしれないのは回避できないだろ?」
 当たり前だ。いくら俺たちが死を回避できるような力を得たわけじゃない。それは医者の仕事だ。だから問う。
「つまり、手術の前にそいつを元気づけたい。OK?」
「うん」
「で、どうやって元気づけるつもりだった?」
 レアはしばらく俯いていたが、やがて口を開く。
「遊園地……遊園地に行きたいって言ってた。美羽は子供のころからカラダ弱くて、お父さんもお母さんも忙しかったから」
「遊園地、ね……」
 正直無理難題ではなかろうか。なにせ、手術を控えた子供を連れだして遊園地に連れて行かなければならないのだ。当然医者は許可を出さないし、それ以前に誰が連れて行く。見えないし触れない俺たちじゃどうしようもない。


「あの、一つ言い忘れてたけど」
「ん?」
「ボクたちって、物にはさわれるんだよ。ちゃんと掴もうとしないとすり抜けるけど」
「だよな。そうじゃなきゃ、座れないはずだしな」
 座ること自体は当然だと思ってるから触れることが出来る。しかし、俺が学校で床をすり抜けた時、あれは俺が床を見失っていたからすり抜けたのだろう。
「……ちょっと方法を考えさせてくれ」
 そう彼女に告げ、その日は別れた。別れ際にこの体の特徴をいくつか聞けたのは収穫だった。

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

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ふぁんとむ†わーく(完成稿分割版)その1

    2012-03-01(Thu)

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 俺、涼城光樹(すずしろみつき)は特にすることもなく学校を挟んで自宅からは反対側となる繁華街を歩いていた。
 とりとめのない思考に耽りながら歩いていたせいだろうか。横道から出てきた人影を避けきれず、その上バランスを崩して見事に尻餅をついてしまった。
「いてて……」
 尾てい骨を打ち付けるほどではなかったが、確かに痛かった。


「大丈夫かい?」
 すっと手を差しのばされた。俺はその手を辿って、その人物の姿を見る。華奢な体躯だが、俺みたいにバランスを崩すヘマはしなかったらしい。俺は親切をむげにするのも気が引けて、おとなしくその手を握って立ち上がった。
 改めて相手の顔を見た。ホスト然とした優男だった。浮かべた微笑が目に眩しい。
「ケガは? よそ見しててぶつかってしまって。ゴメンね」
「え? あ、いや……俺もよそ見してたから。こっちこそゴメン」
 あんまり関わり合いになりたくなかったが、謝らないのも後味が悪そうなので、さっさと謝ってしまう。


「お互いよそ見、か。なにか考え事でも?」
 スルーしてくれた方がよほどありがたかったのだが、人なつっこい性格なのか、話題をつなげてきた。俺は少し、というかかなり帰りたかったのだが、無視するわけにもいかず、
「いや、たいしたことじゃない。あまりにもやることがなかったから、何をしようかと思ってただけで」
「ああ、そういうこと。僕もときどきそういうことあるな」
 わかるわかる、と頷いていたが、若干嫌みに聞こえるのは容姿のせいだろうか。特徴のない容姿の俺に比べ、人なつっこい笑みを浮かべたこいつは女性が放っておきそうにない。


「そろそろいいですか?」
 あまり失礼にならないようにしたつもりだったが、少々言い方が刺々しくなった。相手は少し目を丸くした後、困ったように頭をかき、
「ゴメン。ちょっと距離を測りかねて。ちょっとずうずうしかったね。うん、じゃあさよなら」
「ああ、さよなら」
 台詞の前半にちょっと引っかかりを覚えたが、俺が首を突っ込むことでもない。そいつの横をすり抜けて歩き出そうとしたら、いきなり腕を掴まれた。なにごと、と思って手の持ち主を見ると、やはり優男。
「ねえ、これをもらってくれないかな」
 そう言い、有無を言わさず手の中に何かを押し込んだ。


「いきなりなんなんですか?」
 腕をふりほどき、手の中を見ると、小さなピルケースを握らされていた。振ってみると軽い音がするから、中身が入っているのだろう。どう見ても怪しい。
「僕にはもう必要がないから、君が持っていてほしいんだ。なんだか、君は僕と似てる気がする」
「…………」
 思いっきり不審な目を向けてやると、彼は落ち着きなく辺りを見回し、それから、脱兎のごとく逃げ出した。
「それはきっと君の願いを叶えてくれる。僕の願いも叶った」
 走り去る途中、わざわざ立ち止まって叫ぶ。そして、踵を返して今度こそ走り去っていった。
 ぽつんと残された俺は手の中の物を持てあまして手のひらで転がす。かといって、捨てるのもなんだかもったいない気もしたので、鞄へ無造作に突っ込んで、帰路についた。

       ●

 それから数日、俺はそんなものをもらったことすら忘れて日常を過ごしていた。繰り返しにも似た日常の中で、俺はちょっとしたミスをやらかした。
 母の趣味は、陶芸品を蒐集することだ。気に入った物があれば、金に糸目をつけずに購入し、しばらくは家の中に飾られる。
 普段であれば、俺はそんなものに近寄りすらしなかったのに、いつもなら避けて通る壺のそばを通ろうとして、そして、肩にかけた鞄が引っかかった。


 気がついたときには壺は粉々に砕け、元の姿など想像するべくもない姿へと変わり果てた。
 その音に気がついた母が廊下に出てきて、その惨状を目にし、まず取った行動は、俺の頬を叩くことだった。
「ってぇ。いきなりなにすんだよ?」
「あんたこそなにやってんのよ? それ高かったのよ!」
 半ばヒステリックに叫び、慌てて欠片を拾い集め始めた。
「俺よりそんな壺の方が大事ってか? 俺だってケガしたかもしんねぇのに」
 母の態度に腹が立った俺はそんな言葉を投げつけていた。母は俺の粗暴な物言いに反応し、
「そうね。そんなこと言うなら、壺の方がよほどいいわ」


 冷静に考えれば、俺が全面的に悪かったのだが、そのときは頭に血が上っていたのと、母の趣味にあまりいい思いをしていなかった俺は、母を押しのけて上階にある自室へと駆け込み、扉を乱暴に閉めた。
 しばらく興奮から息が荒かったが、やがてそれも落ち着く。熱しやすく冷めやすい。普段なら、ケンカしたときは数日口をきかないが、そのうち何事もなかったように元に戻る。


 しかし今日に限って、数日前に渡されたピルケースを思い出してしまった。願いを叶えてくれると言って渡されたピルケース。俺は鞄の底に沈んでいたそれを引っ張り出す。
 好奇心が首をもたげた。これを使って今願いを叶えたらどうなるのだろう。特に叶えたい願いなどなかったが、母を困らせることを願ったらどうなるだろうか。
 中にあったのは天使の羽でもかたどったのだろうか、とてもファンシーな形をした白い錠剤が一つだけ入っていた。


 俺はそれを指でつまみ上げ、方々から眺め回した。お菓子だと言えば、そう信じてしまいそうな形。特に怪しい臭いもしない。好奇心と先ほどの怒りの余韻で微妙に投げやりになっていた俺は、それを口に放り込み、一息に飲み込んだ。
 瞬間、がくんと景色が揺れた。いや、揺れてるのは自分か。全身から力が抜け、床に倒れ込む。意識を失う前に見えたのは、いつも寝起きに見える見飽きた自室の天井だった。

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

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ジャンル : 小説・文学


『第2回(目に突入した)短編小説書いてみよう会』参加者

    2012-04-02(Mon)

「自分 自身」さんの企画におそばせながら参加いたしました。
参加者の皆さん、よろしくお願いします。
詳しい話はココからご覧ください。

原稿アップ済みです。一番下のリンクからお願いします。
カテゴリ「企画参加」のところから辿っても見れます。

以下、参加者リスト。

愚弟@郭公様:愚弟部屋
作品:

のりまき様:ピクルスの味
作品:

鳥居波浪様:今日この頃の吹き溜まり
作品:

N0min様:Blah-Blah-Time
作品:「 もし彼女が幽霊でさえなければ~ 」

藤仲美湖様:sonAs =幸=
作品:「 Love is Lawless 」

高橋月子様:この空を見上げて
作品:「 ニボシは空をとぶ 」

紫木 凛音様:凛音天青
作品:「 青い面影 」

紗綾様:Life is like a chocolate box.
作品:

如月奏様:如月奏の隠し部屋
作品:「 廃工場で肝試し 」

山西 左紀様:Debris circus 

岡ざきこ。様:そつろん! なんて四文字萌えアニメがあれば,僕はもっと頑張れる.
作品:「 さようなら,お別れ.じゃ 」

一森冬間様:ボーナスステージ
作品:

自分 自身様:玩具箱を引っくり返したッ!!
作品:


そして、ボク「ラナフェリア」です。
作品は『ふぁんとむ†わーく』となっています。
その1
その2
その3
その4

tag : 『第2回(目に突入した)短編小説書いてみよう会』


工房の町エリーテ 個人的感想とか反省とか

    2012-06-01(Fri)

こんにちは。

まずは目次。
前編 中編 後編

企画参加は早々に表明したものの、なかなか原稿が進まず、そして、ダメ押しのようにパソコンが壊れたという……

パソコン&データの復旧も無事に済み、ようやく原稿を上げることができました。

えぇっと……今回の短編の位置づけは『グランベル魔法街~』の番外編、傍流という位置づけになるかと思います。
ですが、カロンたちは登場しません。あしからず。

で、毎度のことながら、一人ずば抜けて文章の量が多くなってしまいました。
そんなんだから作るの遅いんだよ、というお叱りはごもっともです。
もっと、コンパクトにまとめられるように努力したいと思います。

しっかし、この物語、本当に町に関係あるのか? と思わなくもないです。
まあ、受け取り方は人それぞれかもしれませんので、同じグループの方はこの物語をきちんと批評してもらいたいな、と思います。
酷評もカモンですよ!

では。

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Author:栗栖紗那

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BirthDay:5/8
BloodType:O

趣味で物書きやってる元学生。
プログラミングもするけど、そこまでスキルがあるわけでもない。

普段はぐだぐだとくだらないことを考え、よく妄想の世界で遊んでいる。
基本的に脳みそお花畑な人間。




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